マズローの欲求とは?ビジネスにも利用できる法則

マズローの欲求とは?ビジネスにも利用できる法則

ここではマズローの欲求について紹介します。これは基本的には心理学、社会学の用語であって、人間の持つ欲求には段階というか階層があり、より動物的で原始的な欲求に始まって、次第により社会的、人間的な欲求へといわばピラミッド型になっているという理論です。

そして、より重要なことは、この理論は人間という生き物は自己実現に向かって絶えず成長していくものだという仮定に基づいているということです。これは、この理論が単なる机上の学問の世界だけのものでないことを暗に示していると言えるでしょう。戦前に提唱された理論でありながら、まさに今の時代でも良く言われている自己啓発、自己実現につながっているとも言えるわけで、社会人であれば知っておきたい内容です。

マズローの欲求とは

マズローの欲求とは、5つの階層を構成しているとされています。第一階層は生理的欲求、第二階層は安全欲求、第三階層は社会的欲求、第四階層は尊厳欲求、第五階層は自己実現欲求です。

詳しくはこの後で紹介していきますが、言葉だけを見てもある程度どういうものか想像はつくことでしょう。マズローは、必ずしも下の段階の欲求が満たされて初めて次の階層の欲求を覚えるとは言っていませんが、基本的には段階を追って欲求が現れるものとされています。

そして、より高い階層の欲求を主として追い求めている人ほど、幸福度や健康度が高いとしています。何でもかんでも欲しがるのは悪だとよく考えられがちですが、この理論では欲求は決して悪ではないということにも注目しましょう。

マズローの欲求を提唱したアブラハム・ハロルド・マズロー

この理論を提唱したのはアブラハム・ハロルド・マズローというアメリカの心理学者です。1908年に生まれ、いま言われているマズローの欲求という理論を提唱したのは1943年のことでした。

心理学という学問はかなり広範囲の概念を含んでおり、言ってしまえばそれこそ古代から研究されていて、哲学とも大きな関連があります。ですが、19世紀や20世紀の初めあたりまでは、人の行動は無意識によって大きく左右されるという精神分析とか、逆に心の中のことはさておいて外面に実際に現れた行動のみを研究対象とするようなことが多くなっていました。

マズローはそうではなく、創造性とか自己実現といった人間らしさに焦点を当てた心理学を発展させたことで知られています。

第一階層 生理的欲求

さて、ではマズローの欲求を階層ごとに紹介していきましょう。第一階層は生理的欲求です。動物的欲求と言い替えても良いでしょう。つまり、ヒトという生命が生きていくために最低限必須とも言える生理的な欲求であり、水を飲んだり食事をしたりすること、睡眠を取ること、排泄することなどが挙げられます。

これらは、仮に満たされなければ生きていくことすら厳しいというか不可能になると言ってもよく、人間も生命の一種である以上は最も基本的な欲求です。場合によっては性的欲求を含めることもありますが、似たように思えるかもしれませんが第一階層の生理的欲求としては愛情を得たいというものではなく単に性的な快楽を得たいというものに留まることに注意が必要です。

第二階層 安全欲求

マズローの欲求の第二階層は安全欲求です。ここで言う安全とは、もちろん生命の危機があるような状況を避けたいということで、第一階層の生理的欲求に近いものもあります。

動物でも、第一階層に書いたような生理的欲求が満たされた後であれば、あえて天敵の多そうな場所に行こうとはしないでしょうし、転落の可能性のある崖のような場所にあえて近づいたりはしないでしょう。

人間もそれと同じですが、人間の場合はより多くの物を求め、また将来を見通す力を持っていますから、その意味では安全だけでなく安心とか安定なども含まれると考えて良いかもしれません。経済的な安心感を得たくて貯蓄をするとか、将来のことを考えて保険に入ったりするのもこの安全欲求に含まれます。

第三階層 社会的欲求

マズローの欲求の第三階層は社会的欲求です。この第三階層から先は十分に高度な社会生活を営む類人猿などを除いて、人間以外の動物にはまず見られません。社会的欲求とは、自分が一人で生きている訳ではないと思えること、社会から必要とされていたいという欲求です。

家族はもちろんのこと、学校、会社、地域のコミュニティ、趣味の集まりなど、様々な種類のものが考えられますが、何かの集団に所属しており、その一員として自分は必要とされているという感覚です。

おそらくどんな人も子供のころから、人は決して一人で生きていけるものではないと言い聞かされて育っているでしょう。それは人間には社会的欲求というものがあり、それなしでは十分に幸福で健康にはなれないということを誰もが分かっているからです。

第四階層 尊厳欲求

マズローの欲求の第四階層は尊厳欲求と呼ばれます。これは第三階層の社会的欲求と密接な関係がありますが、社会的欲求では単にある社会、組織、集団などの一員でありたいという欲求であるのに対して、尊厳欲求とは単に一員であることだけでなく、そこで認められたいとか、尊敬されたい、尊重される存在でありたいという欲求です。

どのような組織であっても、それを構成する人々が完全にフラットで全く横並びということはちょっと考えにくいでしょう。これは、人には尊厳欲求があり、より認められたい、より尊重されたいという欲求があって、それが可能な場合はいつでもその欲求を満たそうとするからだということもできるかもしれません。

ただ、同じ尊厳欲求と言っても実は2種類あり、他の人から認められたいという欲求の他に、自己肯定感というか、自分が自分自身のことを尊重できる、信頼できることも大いに重要だとされています。

というかむしろマズロー自身は、他人から得られる尊厳よりも、自分で自分自身のことを信頼し、認められる自己尊厳欲求のほうがより重視されるべきだとしています。

第五階層 自己実現欲求

マズローの欲求の第五階層は自己実現欲求です。自己実現という言葉はそれこそ自己啓発の本などにも良く出てきますからイメージは湧きやすいでしょう。自分のやりたいことをやること、自分が本当に向いていると思えることをすることと言ってほぼ間違いありません。

いくら組織の中で認められ、自分自身としてもその組織の中で自分は十分に良くやっていると思えたとしても、そもそもその組織が目指しているものが自分の本当にやりたいことでなかったとしたら、第四階層までの欲求は満たせたとしても第五階層の欲求は満たせていないことになります。

ただ、これも自己啓発の本などではよく出てくることですが、第四階層までの欲求は、自分が一体何を欲しているのかは、少なくとも言葉での説明の上ではほぼ明らかなことが多いです。

ですが、第五階層はそうではありません。自分が本当にやりたいことと言っても、それが何なのか本当に分からないままに日常生活を送っている人もいくらでもいると思われるからです。その意味では、しっかりと自分自身に向き合わないことには、実現はおろか目標にすることさえ容易ではありません。

第六階層 自己超越

マズローが当初発表したものでは、マズローの欲求は第五階層まででした。しかし彼は晩年になって第六階層を提唱します。それは自己超越です。ここまで来ると何か神秘的なものを感じてしまいますが、ある意味でそれは間違っていないでしょう。

簡単に言えば、自己超越とは、それこそ他の全てを忘れて熱中し夢中になるような体験、経験をすることです。言うまでもありませんが、これは単に寝食を忘れてゲームや漫画に没頭するというような俗人的な体験のことを指しているわけではありません。

マズロー自身は、このような体験、経験をし、第六階層の欲求を満たすことができている人はほとんどいないと指摘しています。自己を超え、まるで自分でない何かに取りつかれたようになることと言えるでしょう。

マズローの法則の活用

マズローの法則の活用ですが、もちろん自己実現のために利用することができます。最も分かりやすい例として、自分はいまどの段階の欲求まで満たされているか、そしてどの段階の欲求を主に求めているかを考えてみることが挙げられます。

基本的には下位の欲求が満たされて初めて次の段階に移ることができるため、より高い階層での欲求を満たそうと思えばまずは下位の階層の欲求をしっかりと満たせるように努力することが望まれるでしょう。現代の日本においては、第一階層や第二階層の欲求はほぼ全ての人が満たされていると思われます。

ですが、第三階層になると必ずしもそうではない人もいるでしょう。第四階層とか第五階層の欲求を求めるよりも前に、まず第三階層である社会的欲求をしっかりと満たしているかを考えることはマズローの法則の立派な活用法と言えます。同じことは第四階層と第五階層においても言えるでしょう。

自己実現がはやり言葉のようになっていますが、その前にしっかりと第四階層の尊厳欲求が満たされているかどうかを振り返ってみても良いかもしれません。

マズローの欲求まとめ

ここまでマズローの欲求について紹介してきました。人間の欲求には5つまたは6つの階層があり、基本的には下位の欲求が満たされることで次の階層の欲求を覚えるようになるという理論です。

自分は一体どの階層まで満たされているか、満たされていない階層はどこかを考えることは、より高いレベルの欲求を満たし、結果としてより高いレベルの幸福とか健康を手に入れる上で非常に参考になると言えるでしょう。

ただ、マズローの欲求はあくまで一つの理論であって、完璧に証明されたようなものではありません。場合によっては下位の欲求が満たされていなくても上位の階層の欲求を覚えることはありますし、必ずしもそれがいけないとか、それでは真の幸福は得られないと決まっているものでもないということは頭に入れておきましょう。

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